何故か、この碑のある砺波市宮村の景元教寺の前を通ることが多い。 初めは「待」を「侍」と読み違て、なにか武士の碑かと思っていた。 「たいくんの碑」と読み、いつまでも君を待つ…との解釈。 終戦間際にソ連との国境近くの満州の報国農場に農兵隊として渡…
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