てっちゃんの「きときと日記」

毎日が楽しい日曜日!

秋祭りと魚津大火

ほんとうは、きのう書くべきだったのだが…

昭和31年の9月10日の夜、魚津で大火があった

ちょうど高岡では秋祭りの日だった

夜に入って獅子舞も絶好調となっている頃

町内の三角広場にみんなが集まって東の空を見ていた

真っ赤だった

「魚津で大火!」

みんな祭りを忘れて心配そうな顔して赤い空を眺めていた

私が6歳の頃の話だ

今でも何故か鮮明に覚えている

子供ながらにショックだったのだろう

今、孫のモモちゃんがやっぱり6歳

この歳になると何でも記憶に残るのだろうか

3歳の頃の能登での生活はまったく記憶にないと聞くが

人間の記憶はいつからなのだろう

この歳老いた爺、婆との思い出はどれくらい残るのだろう…

下の3歳の孫はまったく記憶に残らないのかと思うとすごく寂しい気持ちになってくる

せめて忘れないように写真などを撮って思い出としてしっかり残るようにしたいものだ

海王丸パークへ

今日は向かい風が強く大変だった

たっぷり2時間上走った

いつもの「マイベンチ」に腰掛けようとしたら、いつの間にやらすぐそばに

「防犯カメラ」が設置されている

ここでタープを張ったりしてラーメンを作ったりしていたのに、もう堂々とできなくなった

品行方正で過ごそう

あいにく立山連峰も全く姿を現さずベストな状態ではないので早めに退散

この方面に来たら必ず寄る家がある

若い時からの知り合いSさん

道に迷いながらもちゃんとその家の前まで来た

外に姿を見えなかったらそのまま通り過ぎようと思っていたが、なんと今日は奥さんが玄関先に出ていた

「こんにちは!」

前回、旦那さんに会った時、何やら少しボケてきたみたい…なんて聞いていたので

「わかる?オラのこと」

ちゃんとわかっていてくれて、すごく喜んでくれた

「うちの人、すぐそこの公園にいるから」

何故か、旦那はいつも公園の草刈り作業をボランティアでやっている

「奥さんの顔を見ればそれでいいから…」と言っているのにわざわざ息子さんに呼びにまで行かせてしまった

その息子さんとは久しぶりも久しぶり

小さい時のことしか覚えていない

あぁ、本当にオラたちは歳をとってしまったんだよね

奥さん、すごく痩せて別人かと思った

「でもその方が綺麗やわ!」

そう言うと、照れながらも喜んでくれた

やがて旦那もやって来て和やかに話をする

ホント、若い時の思い出がいくつも思い起こされて懐かしい

奥さんは押しかけ女房みたいな人だった

見合いで一発で惚れてしまったようで毎日、毎晩家に来ていたみたい
すごく積極的な人

旦那さんはとっても男っぽい人で、我が家の車庫の電気配線を無償でやってくれるなど

きっぷの良い人

ほんとうに友達と言うより兄貴みたいな人

もう少し近ければ野菜などもあげれるのに…

ふと空を見上げるといつの間にやら黒い雲がいっぱい

あぁ、雨に遭わないうちに帰らなくっちゃ…

奥さん喜んでくれて、こっちもうれしかった

「今度、うちに遊びにおいでぇ!」

帰りは風の向きが変わってスイスイ

意外と早く帰れた

もちろん雨にも遭わずに

 

 

食べてばっかり…

今日は朝から雨が降っている

妻はもう今日の予定を組んでいるようだ

野菜の種を買いに来たいと言う

そのついでに給油をして、そして寿司屋に行こう!と

一昨日、能登をドライブして230キロ近く走りガソリンのメーターも少なくなっているスーパーで買い物をしていたら涼しくって寒いくらいだった

車の温度計を見ると20度だった

ちょっと前まで30度を超す毎日だったのに…

もう長袖の準備もしなきゃ

 

小矢部のすし屋さん

きのうの天ぷらの一人前よりも安い

やっぱり寿司ランチだなぁ

 

罪滅ぼし

きのう能登に行きながら、おいしいものを食べさせなかったので…

今日はてんぷらを食べに行く

天ぷらと鰻で有名な「天米」

ここ最近では二回目の訪問

以前は宴会なので利用したことがあった

カウンターに座って、目の前で店主さんが揚げてくれる

パチパチと油のはねる音が聞こえてくる

揚げたての天ぷらはカリッとしてとってもおいしい!

とっても贅沢な気持ちになってくる

ここでビールを吞めばもっと幸せになれるだろう…と思うが今では昔ほどにそんな気持ちは無くなった

素直にご飯を食べて、お腹いっぱいになった

 

久しぶりの能登ドライブ

奥様が、今日は天気も良くないし自転車には乗らないだろうと

「どっかに連れてってぇ!」と雄叫びをあげた

たまには奥様孝行に励もう

普段は羽咋の方から行くのだが、今日は楽こいて「能越道」「里山海道」を使った

どちらも無料の高速道路

震度7を観測した「能登半島地震」があったのは2024(令和6年)の元旦だった

あれから2年経ち、すっかりそんなことを忘れてしまっている愚かな私だが

里山海道を走れせているうちにすっかり気が沈んでしまった

道路は復興作業が一生懸命にされているのだが未だに何ヶ所も地震の爪痕が残っており

片側通行が行われていて信号待ちの長い車の列があっちこっちで見られた

そして工事車両の多いこと

遊びに車を走らせているのが申し訳なく思った

能登空港近くのコンビニの駐車場は異様な雰囲気だった

工事車両がいっぱい止まっているのだった

ちようどお昼時だった

みんな車の中で弁当を食べている感じ

どっかでおいしいものを食べようと思って出たはずなのに…

食べるところが見当たらない…

輪島まで来たのが2時半を過ぎてしまっていた

旧輪島駅の店の人に「どっかおいしいおみせないけ?」

すぐ近くのすし屋さんの「海鮮どんぶりがおいしい!」とのことで行ってみたが玄関は空くのだが中は真っ暗

時間的に遅すぎた

なんだかんだで今度は羽咋に向けて山道を走るのだが、ここでも片側通行の所が多く、うんざり…

何処かでおいしいものを…のはずだったのに結局はコンビニでパンを買って食べると言う情けない話

奥様には散々文句は言われるし長いドライブで目が疲れて体も腰が痛くなり…

やっぱり思いつきなドライブはだめだな

今度は何やら東部の方に行きたいと言っておあられるので、今回の反省も含めて事前の調査をしっかりやってから行きたい…行きますと奥様に誓ったのだった

能登空港

輪島駅(バス)

 

国際交流

今日は庄川峡に出かける

途中、チューリップ公園によると、いつもは静かなのに今日は家族連れが多く賑わっていた

平和だ

庄川峡に行くとSUP(サップ)体験と言うのが行われていた

若い人を中心にたくさんの人が参加していた

だけど、ここって本当に深い所なんだよね

知ってか知らずでか…ザブンと思いっきり飛び込んでいたけど

怖いなぁ

ベンチでカップ麺を食べながらそんな若者たちの冒険を見ていたら外人の人が傍に来た

きれいな女の人に思わず「きれいやね!」

てっきりがっちりとした男の人の奥さんかと思ってその人に「若い奥さんだね!」

と言ったらニコニコ、本当のその人の奥さんが遅れてやってきた

若い女の子は娘だった

「私中学生です、英語と日本語を話せます」と言うので

「あぁ、オラは日本語がペラペラです」

奥さんも本当にきれいな人だった

お世辞じゃなく真顔でそう言ったら笑顔で喜んでいた

先週の宮島峡でのインドネシアの女に続いて今度はインド人の家族

いやぁ~、全く世の中は国際的になったもんだ

「外人の人とお話しするととっても楽しい!」

と言うと男の人は笑顔で

「そうですそうです、みんな仲良しです!」

ってなことを言った

本当にそうだと思う

こんな肩書も持たない普通の人間が、こうやって外人と接することが大きな国際親善に結び付くんだなぁ…

 

綾子願念坊踊り

意外や秋晴れのような天気

自転車に乗ってどこかに行くには最高かと…

今日のイベントを調べると小矢部市綾子の太田神社で「願念坊踊り」があるとのこと

9年前に見に行った時は少しのことで遅れを取ってしまい踊りが終わった頃だった

その無念をずっと胸に抱え、それからは早めに行くように心がけているのだが

コロナのせいなのか行事が取りやめになって以来ずっと見ることができない

今年こそはと勇んで自転車に乗って出かけたのは午前中

11時頃に着いたが神社は旗はあがっているが誰もいなく静かなもの

やっと一人関係者を見つけ問いただすと

なんと今年も踊りはないとのこと

ショックだった

なんで、どうして…

このままでは貴重な郷土芸能がすたれてしまうぞ

信長と本願寺の戦いの和睦を喜んでの踊り

黒染めの法被をまとった男衆の踊りには華やかさはないが何とも言えない心に訴えるものを感じる

南無阿弥陀仏を唱え鎌やクワなど農具を手に武力に勝る武士を相手にどれだけの民が亡くなったことか

鐘を鳴らしながらのその踊りにはそんな悲しみと生きて帰って来たと言う喜びがひしひしと感じられる

なぜにこんなにこの踊りに執着するのか自分でもわからないのだが、ひょっとしたら踊っている姿が自分の前世の姿かとも思ったりするのだった

画像は小矢部市観光協会のHPから拝借