きょうは何故か、この寺に行きたいと思った
明治になって庶民も姓名を名乗ることができるようになった時に、京都から来たと言う祖父「外次郎」は、この寺で性をいただいたと聞く。
以前、ご住職にもお会いして真実を確かめようとしたが残念ながら、亡くなった人の過去帳ならあるが、名前を授けたという資料はないとのことだった。
でも間違いなく、この寺で「外次郎」は性をいただいたのだろう。
確信できるものが、まわりに見ることができたのだった。
路地を歩いて同じ性の人はいないかと玄関の表札を見て回ったが、なかった。
少し離れた所の寺の住職が、やはりこの寺で同じ性をいただいたと聞き、何度か行ったのだが最後まで会わずじまいだった。(御高齢で病院通いが多く)
別に墓があるわけでもなく檀家でもなく、それだけの事なのだが、ついつい来てしまうのだった。
西部金屋の鋳物師の釣り鐘
増山城址の登り口、暑いのでさすがに上る気がしない。
橋の真ん中に動物のフンが山盛りになっている。
よそですればいいものを、よっぽど橋の真ん中が気に入っているようだ。