福岡町「鯉の里資料館」
先日、来たときは「閉館日」だったので、きょうは入ってみる。
ドアは開いたが何と、誰もいない無人の施設だった。
何故、この福岡町矢部に鯉の養魚が盛んになったかを歴史的に説明してある。
この地は小矢部川と庄川に挟まれ、水は豊富だが湿地帯であり沼地も多く、水田開発が困難な為に地主であった茂古沼太郎吉が大和の国、郡山から親鯉数十匹を移入して養殖を始めたのが慶応二年(1866)とのことだった。
いわば悪条件を、うまく利用したということになるだろう。
大きな鯉の魚拓があった。
これが、その「太郎」の剥製。
なんと、この「太郎」130㎝もあり体重は50㎏、そしてもっと驚いたのは年齢が120歳とのことであった。
昭和60年5月に亡くなったようだ。
うーん、生きているうちにお目にかかりたかったものだ。
すごい生命力が「鯉」にあると知る。
偉業を成し遂げた人の碑。
こういう写真、好きだなぁ。
庭に出ると、大きな錦鯉が悠々と泳いでいた。
今晩のお酒の肴には「鯉のあらい」なんか食べてみたいなぁ…と、つい呑兵衛は思ってしまうのだった。